2013年03月27日

2013年3月9~13日

すずらんの中村です。

JR西日本あんしん社会財団様の助成により、野田村で活動を行いましたので、報告させていただきます。
今回は、大阪から坂田と中村が参加しました。

9日
夕方大阪を発ち、東京まで新幹線、東京から本八戸まで夜行バスで移動しました。

10日
JR八戸線と三陸鉄道を乗り継いで、8時20分ころ陸中野田に到着し、その後NVNADと関学の活動に参加しました。

僕は泉沢仮設での活動に、坂田は野田中仮設での活動に参加しました。

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(豚汁、異様に熱中したけん玉あそびの写真)
今回の活動では豚汁の炊き出しと茶話会、足湯、ハンドアロマを行いました。
僕自身は子供と遊んだり、豚汁つくりをお手伝いしました。

晩にはWBCを見ながら夕食を取り、宿泊は拠点で行いました。

11日
朝、まずNVNAD・関学のワークショップに参加しました。
そして三陸鉄道こたつ
列車に乗車しました。

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(こたつ列車で行った田野畑駅の写真。初めていきました。)
このブログでも何度か紹介しているこたつ列車、とても暖かく、車窓からの景色も良いので楽しめましたが、やはり震災の爪痕が残る沿岸部・がれきの山・がれき処理場は見て痛ましいものでした。

13時ころから、朝行ったワークショップの発表を各班ごとに行いました。
まずテーマを定めて、「誰に、何のために、何を、どうやって」するかを議論したのですが、印象的だった具体的な案は、野球大会、映画鑑賞会でした。
普段野田村で子供たちと野球をして遊ぶ時は、せいぜいキャッチボール程度か、三角ベースのような簡単な遊び方しかしないので、草野球レベルでも野球大会が開催できたら、面白いだろうと思いました。
また映画鑑賞会は、上映の前後以外は話さなくてもいいので話すのが苦手な人でも気が楽、また前後には映画をネタに話ができる、世代を超えて楽しめる、普段見ない映画を大きい画面で見られる、といったメリットやそのほか工夫があり、実現したらおもしろそうだと思いました。

発表後は野田村の東日本大震災犠牲者追悼式に参加しました。式の前後には笑い声が聞こえてくることもありましたが、式中はやはり悲しい雰囲気でした。

晩には野田村サテライトキャンパス開所記念セミナーを拠点から中継で見て、その後の懇親会に参加しました。セミナー・懇親会には、講師の先生方に加えて野田村村長、教育長、チーム北リアスの先生方などが参加され、盛況でした。

その後、片づけを行い、就寝しました。

12日
拠点の片づけを行い、午後陸中野田を出発しました。
八戸で銭湯に寄って、4日間の疲れを流した後、八戸から夜行バスで東京に向かいました。

13日
7時頃東京に到着し、すぐ大阪に向けて新幹線で出発しました。
10時30分ごろ新大阪に到着し、解散しました。

今回、仮設での活動では、いままでと特に変化を感じませんでした、僕の観察・仮設の方との会話が足りないせいもあるでしょうが、この数か月仮設の環境が変わっていないからではないかと思います。気候について去年の冬は、結露・寒さ・大雪についてお話をたくさん伺いましたが、ちょうど暖かくなったり寒くなったりの時期で、気温の変化についての話が多かったです。
高校のとき、死者の日という、その年亡くなった教会関係者・戦争と災害の犠牲者をその日にまとめて追悼するミサを行う日がありました。僕は随分と合理的な式だなぁと思ったものでした。今回の追悼式で、追悼式というものはその日にだけ、亡くなった方を悼む式ではなく、残された側が日々毎日感じる悲しみに区切りをつけていくものなのだろうなと感じました。また社会学を学んでいない僕にはよくわかりませんが、他にも追悼式には大きな意味があるのだろうなとも感じました。
サテライトキャンパス開所について思うのは、いよいよボランティアが野田村に根付いてきたなということです。(サテライト自体の役割はボランティアだけではないと思いますが、開所の経緯を考えるとサテライトとボランティアは不可分でしょう。)僕に身近なところででいえば大阪大学・関西学院大学・チーム北リアス・NVNADといった大学・団体がしっかりと野田村とのかかわりを強くしているのはとても良いことだと思います。
すずらんとしても今後そういった動きに合わせて活動したり、在野の部分で頑張ったりしていきたいと思います。

ありがとうございました!


posted by ou.savejapan at 23:28| Comment(0) | 野田村支援プロジェクト
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